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自分が学んだことや体験したこと、そして備忘録を書いているブログです。

会話分析 vs. 言語哲学

西阪先生と土屋先生のトークを聞いてきました。途中から話がループしている感じがして、頭がパンクしそうになりましたが、自分で分かった範囲のメモ。(#は私のコメント)

 
2ー3 もっと素朴な疑問(土屋先生)

トランスクリプトのみ見ることは、言語事象の一部を表しているのみ。ノイズや音、映像などいろいろ使えるのでは?なぜ文字のトランスクリプトの分析のみ、詳細なトランスクリプションのみ注目しているのか? 例えば、バックチャンネルみたいなものをどういう定義、記述をするのか。 私たちはこれまで学んできた規範に、素朴に信頼を置きすぎているのでは?

 

無目的会話の使用とは?純粋性とは?
#言葉は何かのために使う道具である。表層的に文字にしたものから純粋な会話が現れているのか?→そこから一般化できないということかな?

#ジャンルをしぼると、そのレジスターの言語になると思うが。様々なジャンルがあれば、無難な一般化は構築できるのでは?

 

対話は共同行為なの?協調的なの?

#意識の問題は測っていない気がするので、ここでは触れない方が良いのかもしれないなー。

3西阪先生のリプライとディスカッション
データをとり、分析をすることをまずやってみて、できることはトランスクリプトを書いて言葉を分析する。(プラクティカルなポイント)
だんだんトランスクリプトが細かくなっていくと、もとのデータに戻れなくなる。コレクション (頻度の検索?リストの集計?) まず何か手がかりが手に入らないかな?ということで言語。トランスクリプトを正確に書いて、あとで気づいたところを調べる際に、音声をいちいちすべて聞き直す必要がないから。聞き取ったものは聞いた人の解釈が入っていると思うが、それはしょうがないのでは?

 

#被ってくる部分を記述する場合、記述の仕方を決めればよいのでは?制度が低いとかではなく、書き方や再現ができる方法を考える必要があるのでは。難しいのは音や沈黙、動作などを言葉で言い換えることで失われることを考慮しなければならないのでは?それでもできることを行っているみたい。


土屋先生いわく、会話分析をする場合、その情報の階層レベルをつくる必要があるのでは?(音声、意味、文法、語用、談話の層とか)

#これはコーパスとかのアノテーションとかと考え方が似ている。LeechやHallidayとかの分析でも階層を作って、分析する対象を分けている。
#また音とトランスクリプトの言葉が一致していない?そのためには言語ではない情報をアノテーションとすべきでは?たぶん、いろいろ混ぜたままトランスクリプションしていて、それの一貫性がないのではないかな。

#土屋先生の説明でわからないのは、完全なトランスクリプションとは?何かな。

#西阪先生の説明でわからないのは、文字データを疑って、もう一度分析しなおすことはしないのか?再現性が保証できていないのでは?説得力がなくなってしまう気が。。。

 

規範性に対しては、モラリティという言葉が一般的な意味と少し異なる。

たぶん用語として理解しておけばよいのかもしれない。たぶん適切な言葉がないからなのかな。

 

ルールを決めているけれど、ルール違反が起きていることは何が起きているのか?

#何を対話ととらえるかという哲学的な問題に。。。道徳的かどうかは理由付けするためのものなんだろうなー。

 

#西阪先生の説明でわからないことは、ルールの修正をする場合は、それが説明できる量と再現できるかということ。反証とかしないと発展しないのでは?